油絵50句   上田信治


少年の大きな耳よ薔薇の芽よ

風光る卵を割つてかき混ぜる

雑木の芽硬貨に古き新しき

音もなく雲のふえゆく汐干かな

干潟いま夕映えてをり電線も

よき湾に集ひて春の日傘かな

日本の油絵を見し桜鯛

春光の中をふつうに犬の来る

三月やしんこ細工のできてゆく

たんぽぽの絮吹き残る向うがは

明るさに花の散りゆく団地かな

さみだるる二階の窓の細く開き

ゆふぐれの浜昼顔にたどりつく

生あくびして百合の花捨てにけり

花栗の善意あふるる町暑し

人を訪ふ夜の甘藍畑かな

睡蓮や浴槽に日が差してゐる

ゆつくりと金魚の口を出る小石

平日の山のリフトにゐて涼し

紙コツプ氷コーラ花水木

ヂオラマの電球点る青葉かな

夏服を陶人形の顔で着る

日盛や水鉄砲の水の味

ひろびろと夜の踏切金魚草

カツレツにソース冷たき日影かな

胡瓜食みつつ夕方のベランダへ

水からくり鳥は明るい方を向き

ぼんやりと人の混みあふ祭かな

足のさき水流れくる星月夜

山近くビールケースを打つ秋日

秋草に置かれし鞄より音楽

ゑのころに音立てて降る天気雨

紅茶濃く小鳥きよとんと幸福に

ステンレスボウルの水や芋の秋

君はいま梯子の上よ草雲雀

秋の空4とあるから四号棟

鳥渡る太く描かれしこけしの目

牛乳を銀杏落葉にあふれしめよ

これは雪のはじめのひとつ靴で受け

初雪と一応言つてから別る

灰といふきれいなものや冬雲雀

わからぬほどに裸木のゆれてゐる

寒林やけむりのやうな昼の月

荒星や万年筆はインクを吸ふ

花枇杷の日かげに白き車かな

日脚伸ぶ鳩のかたちの土の鈴

南米のお茶をもらひて冬終る

ペンギンの大きな雛よ白椿

公園の冬温かし明日世界が

美しさ上から下へ秋の雨

2006/6